誰でも登山ができるようになった現代において、アカデミーに所属する人間である我々が山に登る社会的意義は何であろうか。
それは例えば、
未知の地域 への憧憬・独創性と開拓精神:新しい試みへの挑戦志向・ 積極性・自立性と責任感・総合判断力・企画力・実行力・ 協調性と忍耐力・リーダーシップなど,科学者として, とりわけ野外科学研究者にとって重要な資質の醸成に大きな役割を果たす.(「青少年の登山と自然科学―北大山岳部OBたちの 地学関連活動の例(後)」吉田 勝・渡辺 興亜 2019)
というように述べられている事柄が挙げられるだろうか。
しかし私はそれ以外にも、一般人と異なる感覚と視野で以て山に登ることも、我々北海道大学の人間が山に登る一つの意義なのではないかと思う。
現在、温暖化に代表される気候変動の中で、一般の方々の間でも、こういったことに関心を持って山と向き合われている方は多いと思う。
そこで、こういった「これから」だけでなく、自分が今踏みしめているこの北海道という大地の「これまで」までを見通す幅広い視野を持って山に入る姿勢、いわば「エシカル」な登山とでも言うべき姿勢で山に臨むことに、我々北大山岳系団体部員が山に入る意義はあると考える。
山岳館にある大量の文献資料は、このような姿勢で山に行った私たちが得た、過去とつながる感覚、アイヌと―北海道への入植者と―50年前、100年前の部員と―つながるような「プリミティブな」身体感覚が、空想の産物ではないことを教えてくれる。
わたしは、例えばそれが「沢登り」に表れると考えている。
1928年の山岳部の部報で、沢登の時にピパイロ川でアイヌの人々の野営を見かけた回想が綴ってある文章を目にした。
沢登りに人夫として同行してもらったアイヌの水本文太郎さんの回想録もある。
また、わずかな装備で長期間山に分け入る猟師や漁師への憧憬を綴った文章もある。
私はこういった記述を目にする以前、大学一年生の時に北日高の沢に行った時から、なんだか沢筋というのは「自分たち(登山者)のためだけではない感じ」というか、「古くから人間に歩かれてきた感覚」があると感じていた。
かつて同じ場所を歩いたかもしれない、アイヌの姿を思い描くと、その息吹が感じられるかのようなリアリティで以て、鮮明に彼らの姿が浮かび上がってくるのを、どこか不思議に感じていた。
そして、先述べた文献によって、この身体感覚が、あながち空想の産物と割り切れるものではないことが分かった。
アカデミーの財産である資料が、私のこの感覚を後押ししてくれたのである。
アイヌと北海道大学の歴史は、遺骨返還問題など、暗い面がしばしば語られる。
北海道の開拓の歴史それ自体も、アイヌのみならず、過酷な労働を強いられた入植者や、「家畜以下」の境遇に置かれた遊郭の女性たちなど、多くの人々を弾圧し、搾取してきた負の側面は決して無視してはならない。
しかし、水本爺や、ピパイロのアイヌ、そして入植者の倭人などに向けられた過去の部員の尊敬のまなざしは、支配/被支配、搾取/被搾取という二項対立での関係に還元しきれない様相を私たちに教えてくれるだけでなく、「山」という存在が、支配層ともいえるエリートであった当時の学生と、被支配層ともいえる存在を結び付けてくれるものであったことも教えてくれる。
100年前、同じ時代に生きているが、交わることの難しい存在同士を結び付けるものであった山は、今、現在に生きる我々だけでなく、過去、未来の人々までも結び付ける存在となっている。
思い付きで書いた文章であるため、分かりにくいことには容赦してほしいが、つまり私が言いたいのは、こういったことを考えながら山に登る姿勢が、私にとって、北大の看板を背負って山に登る理由である、ということなのだ。